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Raf Simons 天才デザイナーのキャリア振り返る <3つのハイライト>

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現在Calvin Kleinのチーフクリエイティブオフィサーとして活躍しているRaf Simons(ラフシモンズ)。Raf Simonsは1968年ベルギー生まれで、大学は工業デザイン学校に入学した経歴を持つ。卒業後は家具のギャラリーで2年間働いたのち、1995年に自身の名前を関したブランドを設立。

その後、自身のブランドから発表したコレクションが好評を博し、大手メゾンを経験、2016年に現Calvin Kleinのクリエイティブオフィサーに就任した。2017年はRaf Simonsにとって、キャリア22年目にあたる。昨年から新たなステージにたったベルギー人デザイナーRaf Simonsのキャリアを3つのハイライトに分けて紹介したい。

1) Raf Simon・カルチャーとファッション
1995年に自身のブランドを設立したRaf Simons。現在も多くの企業とコラボレーションし、「ファッションの境界線を超える」活動しているRaf Simonsではあるが、その精神はブランド設立当時から持ち合わせていた。

ビアンカ・ジャガーやデヴィッド・ボウイの人気が絶頂の当時、異色のスキニーなシルエット、そして新しいビジョンをRaf Simonsは提示した。彼のデザインしたアパレルは、パンクミュージックやエレクトリックミュージックをはじめとした、アンダーグラウンドでサブカルチャーなものだった。Helmut Langが同時期にスキニーなシルエットを提示していた影響もあって、1990年代後半にはそれは主流となったと言うことができる。

スキニーなシルエットだけではなく、そのアンダーグラウンドに根ざしたビジョンが脚光を浴びたのは1998年に発表したコレクション「Radioactivity」。モデルが赤いシャツに黒いネクタイをつけて登場したステージは、Raf Simonsが10代の頃に好きだったエレクトロニック音楽グループ「Kraftwerk」に敬愛の念を示したもの。

「それはファッションとは関係なかったんだ。それは全て音楽だったんだ。」とはRaf Simonsのコレクションのインスピレーションに関する言葉。そのショーでのモデルはまるでKraftwerkのアルバム、The Man Machineのようであった。Raf Simonsはこのコレクションで、80年代、それも「エレクトリックな」美学を提示し、時代に先行していた。
(写真左:Kraftwerk, 写真右:1998年Radioactivity)

そんなRaf Simonsは一度2000年冬のコレクションを境に、彼のビジネスを縮小させようとした。University of Applied Artsで教鞭にたった経験や、ファッション誌i-Dでゲスト編集者として勤務経験もある。Raf Simonsは当時について、「ファッションは好きだった。でも同時にとても嫌いだった。(しかしファッションと距離置いたら)すぐに戻りたくなった。」と語っている。

アントワープに構えていたオフィスをたたまなかったことが幸いし、復帰したRaf Simonsは積極的な活動を続ける。2003年冬のコレクションでは、イギリスのグラフィクデザイナーPeter Saville(ピーターサヴィル)とコラボレーション。

Peter SavilleはNew OrderやJoy Devisionと言ったバンドのアルバムカバーを作成しているようなグラフィクデザイナーで、Raf Simonsはそれらアートワークのファンであり、コレクションではPeter Savilleデザインのアルバムアートワークをプリント、編みこんだ作品を展開している。(Raf Simonsの就任を受けて、Calvin KleinはPeter Savilleデザインのロゴを発表するなど、音楽やアートはRaf Simonsに影響を与え続けている。近年のRaf Simonsでもその嗜好は生きている。)


2) Jil Sanderクリエイティブディレクター就任・初ウィメンズコレクションの発表
Raf Simonsはメンズのアパレルを発表したことがそのキャリアのスタートとなっているが、Raf Simons自身は決して意識的にメンズのみを作っているわけではないと語っている。

初期のコレクションのLookbookやビデオには、男性のモデルに加えて女性のモデルにメンズのアパレルを着用させることもある。メンズアパレルの宣伝用のビジュアルには、現在でも女性のアパレルを撮影する際に使用する手法を採用している。

Raf Simonsが初めてウィメンズのみのコレクションを発表したのは、2006年冬、Jil Sanderのもとでのこと。Jil Sanderが後任のデザイナーを探していた時に白羽の矢がたったのがRaf Simonsであった。基本に立ち返ったベーシックなアイテムが展開され、そのシンプルでクリーンなラインが美しく、Raf Simonsの美学がウィメンズに落とし込まれている。


シンプルなアパレルが印象的であったデビューコレクションではあるが、Jil Sanderでのデビューから、Raf Simonsは多彩な色を使用している。2011年のコレクションでは、燃えるように赤いファブリックや、蛍光オレンジやピンクを使用し、バレンシアガやディオールのようないわゆる近代的でありながらもクラシカルなインスピレーションをもとにしたシルエットを発表している。

18世紀の女性のファッションスタイルである、サックバックガウンから着想を得たピースやペプラムスカートと呼ばれるウエストラインから下にフレアやひだの装飾を施したスカートを発表し、デザイナー、ひいてはファッション業界に衝撃を与えた。

このコレクションは女性に様々な色を身にまとう勇気を与えた。クラシカルなシルエットに、現代のテクニック、そして近代的なセンスを加えたコレクションはファッション誌に刻まれ、Raf Simonsが発表した2012年のJil Sanderコレクションにも引き継がれている。

Jil SanderからChristian Diorへの移籍が報じられ、その最後のショーとなった2012秋冬コレクション。会場は移籍への悲しみと、新たな挑戦への期待が入り混じる中、涙する観客も多く、ショー終わりに現れたRaf Simonsも同じく涙した。
(写真上段2枚:2011春夏, 下段2枚: 2011秋冬)



3) Christian Dior アーティスティックディレクター就任
Jil Sanderを退任し、Chiristian DiorにうつったRaf Simonsが発表した2013年コレクション。そのコレクションは8週間という短期間の中で創作された。しかし、ショー会場の壁は一面バラなどの花で飾られ、それぞれの部屋がそれぞれの色合いや匂いを放つ、荘厳なもので、1947年に発表されたChristian Dior「la femme fleur」から感化されたと言われている。

同コレクションのキーアイテムはヘザーシルクドレスであった。このドレスは現代美術アーティストであるSterling Ruby(スターリングルビー)のアートワークを再定義したもの。Raf SimonsとSterling Rubyは親しい友人でもあり、同コレクションでは、そのランウェイ前に仕上がりについてメッセージを送ったほど。

Sterling Rubyの作品は、異常心理やグラフィティ、暴力をはじめとするアンダーグランドカルチャーに影響を受けており、クリスティーズのようなオークションハウスでも高値で鳥日されている。そんなSterling Rubyとは、同コレクション後も互いをもとにコラボレーションを発表。Sterling Rubyのパッチをあしらったアパレルを発表するなど、互いに影響を与え合う存在とRaf Simonsは語っている。

「ファッションの境界線を超える」、そのようなスタンスでファッションと向き合っているRaf Simons。シルエットに対する美学はその時代の新しい基準を、カルチャーを傾聴しファッションに反映するするスタンスは、新たな流行を生み出している。この天才デザイナーが提案するもの、それが今後もスタンダードになり続けるのか、そんな目で彼のコレクションを見ても面白いかもしれない。

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